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1993年からスタートした軽井沢ミーティングのFounder(創始者=言い出しっぺ)は、瓦井俊悟という名前の当時は好青年。
1996年から作っている軽井沢ミーティングのプログラムの表紙には毎年、瓦井があいさつとして、軽井沢ミーティングとロードスターへの想いを伝えています。
ここでは、From Founder〈創始者から)として、その文面を紹介します。
1人より2人、2人よりもっとたくさんなら、その楽しみももっと広がるはず、という思いから始めたミーティングへの想いは、ロードスターを愛する人、仲間を愛する人、その両方が集うミーティングが好きな人ならきっと共感できるところがあるはず。
●創始者プロフィール
瓦井俊悟(かわらいしゅんご)
1962年10月31日生 埼玉県戸田市在住
NA発売の翌1990年2月、クラブ「Woopers」を設立。
1989年式NA6(標準車、赤、エアコン無し、でもナビ付き)所有。
現 軽井沢ミーティング実行委員会委員長。
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2008年 |
1989年、日本の年号が昭和から平成に改められた年。
東洋の小さな国日本から、1台の「オープンカー」が発売された。
「Miata」「MX-5」「ロードスター」
アメリカ、ヨーロッパ、日本、どの国でも多くの人に受け入れられた。
日本のカタログには、「きっとだれもがしあわせになる。」と言うコピーが書かれていた。
オープンカーは人の心も開放的にするのだろうか、
乗った人はみんな笑顔になった。
1993年、インターネットも無い時代。
雑誌に掲載された僅か数行の告知によって、
100台を超すロードスターが北軽井沢に集い、
「軽井沢ミーティング」が始まった。
オープンカーは、単なる“流行モノ”と言う扱いではなく、
日本人のライフスタイルの中に、確実に受け入れられていった。
情報化社会と言われる昨今、“流行”は常に書き換えられてゆく。
我々を取り巻く環境も、時とともに変わってゆく。
ロードスターも、時代と共に変わってきた。
けれど、軽井沢にある楽しさは変わる事は無い。
“笑顔”と言うプロテクトが掛けられているのだから。
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2007年 |
緑深き自然の中に佇む街、歴史ある避暑地、軽井沢。
肩書きやしがらみに縛られる日常を、
忘れたい時に訪れるのも良いでしょう。
新緑の香りを含んだ風を感じる事のできる、
オープンカーで走るには最高のロケーションですね。
でも、私達ロードスター乗りにとっては、“聖地”のような軽井沢なのです。
毎年5月の最後の週末には、
名前を知らなくても、同じ車に乗る仲間達が集い、
“幸せな空間”を共感しあっています。
駅前の人集りを抜けた、あの林の向こう側は、
いつもの笑顔に満ち溢れているでしょう。
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2006年 |
「ユーノス・ロードスター」と言う名で発売された、
日本製の小型2シーターオープンスポーツカーは、
世界中の人々に受け入れられ、多くのファンを魅了した。
そして世界中で、数多くの賞を受けてきた。
「マツダ・ロードスター」となった2代目でも、
それは変わることなく引き継がれてきた。
小型スポーツカーの生産台数の累計で70万台を超え、
世界の記録を集めた「ギネスブック」に認定される。
この記録は、今も更新し続けている。
そんなロードスターでも、ひとつだけ取り忘れていた賞があった。
日本国内で発売された新車に与えられる賞、
日本カー・オブ・ザ・イヤー。
その賞を、昨年の軽井沢で初公開された「New Roadster」が受賞した。
Congratulation & Thank you !
誇らしい仲間たちの笑顔を、笑顔で迎えよう。
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2005年 |
一年に一度、5月の最後の週末に軽井沢に集うロードスターの仲間達。
早朝から“笑顔”で準備する人。
この日のために、“ロードスター”をピッカピカに仕上げてくる人。
遠方から“軽井沢”を目指して走ってくる人。
いつもの顔と、新しい顔。
また増える“笑顔”の仲間。
“WELCOME to KARUIZAWA”
同じ楽しさを共感しあえる仲間との再会と新しい出逢い。
コテージで時の経つのも忘れる、楽しい友との語らいの夜。
抜けるような青い空と、真新しい緑の中を走り出す軽井沢の朝。
広い会場を埋め尽くすロードスター達。
さあ、新しい仲間を「笑顔」で迎えよう。
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2004年 |
「毎年5月の最後の週末に軽井沢で開催される、ロードスター最大級のミーティング。800台のロードスターと1400人の参加者…」
いろんなところに書かれているこんな説明を見ると、
「プロのイベント屋さんが仕切っているのですか?」
そう思ってる人も居るかもしれません。
でも違うのです。
初めての時は、ハンドマイク一本と数人のスタッフで、ホントに何もない、ただの「集会」でした。
それでも、笑顔に満ちたすばらしいミーティングでした。
「次回もやるなら、何か手伝わせて欲しい。」
そんな人たちが、たくさん手を上げてくれて、軽井沢ミーティングは成長してきました。
そして今でも、準備委員と協力スタッフ、そしてボランティアスタッフ全員が自分達も楽しむために、一般参加者と同じ参加費を負担して運営しています。
会場にいるのは、みな同じロードスターを愛する人たち。
だから、「軽井沢」は笑顔に逢える「ミーティング」なのです。
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2003年 |
平成元年、ロードスターが発売されて以来、
世界中でロードスターミーティングが開催されてきました。
日本では、北海道、東北、関東、中部、関西、九州、
そしてマツダのお膝元、広島で。
各地で各々趣向を凝らしたイベントが、毎年開催されています。
参加する人たちの住む場所や年齢、職業も千人千色、本当に様々です。
もしロードスターに乗っていなければ、出会わなかった人達が、
生涯つき合っていく友人になる事も、珍しい事では無いのです。
それはロードスターの持つ魅力の一つでしかありません。
ロードスターという小さな車が、大きな思い出をつくり、
かけがえのない友人をつくり、そしてたくさんの仲間をつくってくれています。
そして私たちは、軽井沢で、笑顔をつくっています。
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2002年 |
「軽井沢ミーティング」は今年で10回目を迎えました。
1回目は、1993年。
車雑誌のほんの数行の告知と、増え始めたロードスタークラブへのお誘いに
115台、138名の“笑顔”が、浅間山の麓、北軽井沢に集まってくれました。
参加者へのお願いの中には、
「ロードスターを楽しむ気持ちを持ってきてください!」
と書いてありました。
みんなで持ち寄った“楽しさ”を、何倍にもして持ち帰って欲しかったからです。
1996年。回を重ねて増え続けた私たちの“笑顔と楽しさ”は、北軽井沢では収まりきらなくなり、
現在の場所に会場を移しました。
時が流れても、同じ5月の最後の日曜日に「軽井沢ミーティング」はあります。
また“あのときの笑顔”に逢えます。
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2001年 |
「軽井沢ミーティング」は今年で9回目。
その間にロードスターが変わったのは、
アクセルを踏み込む楽しさのための、排気量と馬力。
力強く若々しい、ライトの形。
日本生まれであることを主張するエンブレム。
内に秘めた“情熱”が表面に出てきたような、
躍動感のあるボディライン。
変わらなかったのは、
そばにいるだけで微笑みたくなる、親しみやすい顔。
いつまでも乗っていたくなる、車を操る楽しさ。
見えない空気まで感じさせてくれる、オープンの開放感。
隅々まで神経が通う、コンパクトなボディサイズ。
そして、紛れもなくライトウェイトスポーツカーであること。
ロードスターとその周りには、
時が流れても、変わらずにいて欲しいことがたくさんある。
けれど、ずっと変わらないこともある。
素晴らしい仲間達の笑顔と、
また来年も軽井沢で逢えること。
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2000年 |
まだ夜も明けぬうちに家を抜け出す。
行きかう車も少ない、
走りなれた道。
いつもの街並をぬけて、
二桁の国道を走る。
コンクリートの箱庭は、
もうバックミラーにも映らない。
紫から青に変わっていく空と、
後ろに流れて行く緑だけが
一緒に国道を走って行く。
見知らぬナンバーの国道を幾つまで数えただろう。
自分がまだ走ったこともない道を走っている、
あいつは今頃どの辺りを走っているのだろう。
一年に一度ほんの少しだけ同じ道を走る友。
何処までも続く道はあいつの街にもつながっているのか。
いつかあいつの走ってくる道をたどってみよう。
さぁもうこの峠を上がれば、
いつもの笑顔に逢える。
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1999年 |
僕が単車に乗っていた頃、目の前を駆け抜け、僕を追い越していった、ちょっと古い黄色いオープンカー。
雑誌の中でしか見たことのないクルマなのに、僕らと同じ風を切って走っている。
いつかあんなふうにカッコ良く大人に成りたいと思った。
それから10年、僕たちの前に忽然と現れた、ピッカピカのオープンカー。
どこか懐かしく、それでいて新しい、あこがれのオープンスポーツカー。
ついに手に入れた。うれしかった。
何時でも、何処へでも乗り回した。楽しかった。
いつまでも一緒に過ごしていきたくなるほど、大好きになった。
あれから10年、単車に乗った僕が憧憬(あこがれ)たもの。
それは単に、クルマに対するモノではなく、
クルマと乗り手が過ごしてきた時間、積み重ねてきた関係が、
素敵に輝いて見えることなのかもしれないと思えてきた。
これからの10年、20年と、僕がロードスターとともに過ごしていくことが、
「あこがれ」を手に入れた事になるのかもしれない。
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1998年 |
私たちには、1年に眠れぬ夜が3日間ある。
1日目は、ミーティングに出かける前の夜。
子供の頃の遠足に行く前の日のように、あした起こる事への期待に胸膨らませて、なかなか眠れない。
2日目は、ミーティングでの夜。
新しく出会った仲間や、遠方から来る仲間、
近くてもなかなか会えない仲間との再会に、
時のたつのも忘れて、夜更けまで語り明かす。
3日目は、ミーティングから帰った夜。
今日見た光景、耳にしたざわめき、
感じた空気が、脳裏から離れない。
「また来年」という言葉がいつまでも響いている。
そんな私たちの、眠れぬ夜に見るのは同じ夢。
目覚めても消えない、いつまでも消さない同じ夢。
一緒に見続けてゆきたい同じ夢。
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1997年 |
自分の乗り継いできた愛車達を、星にたとえて
「僕のキラキラ星」という本に綴った人がいました。
人それぞれに
印象に残るクルマや、忘れがたいクルマ、思い出と共に過ごしたクルマ
があると思います。
そんな中の、ひときわキラキラ輝く星に、今、私達は乗っていると思っています。
その星達が、年に一度、碓氷の峠を駆け上り、軽井沢で天の川となる日があります。
そこでは、たくさんの織姫や彦星たちが一年ぶりの再会を喜び合い、
幸せな笑顔で満ち溢れています。
今年は、あなたも一緒に。
そして来年も。
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1996年 |
『ミーティング』それは人々の集い。新しいこととの遭遇。異なる人生の交差点。
そんな意味があるのでは、と思う。
見ず知らずの者同士が気軽に話しかけたり、同じテーブルで食事をしたり、
チューニングやドレスアップ談義をしたり、
住まいの近いもの同士が新しくクラブを作ろうと声を掛け合ったり。
そんな中から生涯付き合っていく友人と出逢ったりする事もあるのだと思う。
単に快適に移動する為だけの道具ではない。
乗っているだけで幸せにしてくれるような、
ロードスターという車の持つ「楽しさ」を知り、
それを共有するもの同士の奇妙な一体感がそうしているのかもしれない。
私自身の中では、今までミーティングの中で巡り逢った仲間たちの数だけ、
その「楽しさ」が倍増している気がする。
もし、初めて彼女をミーティングに誘う時「そこに何があるの?。」と聞かれたら
「何もないけれど、同じ楽しさを共有する仲間との再会と、新しい出逢いがあるから。」
そう答えていると思う。
仲間の誰かが、いずれロードスターとともに過ごした日々を思い出す事になった時にも、
5月の最後の日曜日、碓氷の峠を駆け上がると、そこにはあの時の仲間たちがいる。
そう思ってもらうために、『軽井沢ミーティング』を続けていきたい。
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